「人種の差」エントリーについて・その1

ニューヨークは連日体温を超える記録的な猛暑である。
「金曜日には終わるみたい」とコロンビア大のFionaが言ってくれたけど、土曜日には帰国なので、しばらくこの暑さと付き合わなければいけないようだ。
Vacation timeなので街が空いている感じがする。
車がいつもより少なく、クラクションの音もあまりしない。
人がいるのは涼しい美術館等の中のようだ。

昨日のセミナーのホストであるFionaには2−3年前に会ったのだと思うが、ハーバードでポスドクの間に素晴らしい仕事をし、その後、コロンビアで独立したのが3年前。
昨年ギリシアの学会でトークを聴いたときには、ちょっとペースダウンかなと思っていたが、ようやくラボがセットアップしてツールが揃ってきたようで、非常に興味深いデータを見せて頂いた。
「ところで、もしかして、オメデタ?」「そうなの!」「おめでとう!!! で、いついつ?」「10月」「男の子?女の子?」「男の子」「名前はもう決めた?」「うーん、まだ」「でも、楽しみね!」「うん、本当に!」
ってな会話をしたのだが、彼女はとても小柄なので、同じフロアのテクニシャンのおばさんも知らなかったくらいらしい。
でも、本当におめでとう!

* ****
さて、しばらく前のエントリー「人種の差」には非常にたくさんのコメントを頂きました。
コメントが盛り上がっていたのでそのままにしていましたが、やはり誤解をそのままにしているのがあまりに居心地が悪くなりましたので、そろそろきちんとしたいと思います。

まず、大事な結論を先に言うと、私自身は「アフリカンアメリカンの人が『学問なんて面白いと思わない』と考えている訳ではない(それは社会的要因の方が大きいに違いない)」と考えています。
以前のエントリーでも同じような誤解を生じた経験があるので、学習していない、といえばそうなのですが、このような「疑問形」で終わる文を私は「反語」としてよく使う傾向があるようです。
(不特定多数の読者がいるようなブログには向かない文章ということですね。たぶん、私のことを直接よく知っている人は「アフリカンアメリカンの人が生物学に向いていない、と思っている訳ではないだろう」と思っていると思いますが)
ただし、果たして、本当に「社会的要因であって、生物学的要因はない」とまで言えるかどうかは分からないと思いましたので、すぐに説明のコメントバックを加えずに、どなたかそういうことを丁寧に説明して下さるかと思っていました。
(「手の大きさ」などが実験的なことには向かないのでは? というコメントは頂きましたが。)
という訳で、「大隅は人種差別発言をしている」というスタンスで盛り上がって下さった方には大変申し訳ない(?)のですが、まったくそうではありません。

「人種」という言葉を取り上げようと思ったのは、「心の病」と捉えられる精神疾患に関する今回のWorkshopではCaucasian, African-American, Asianなどの言葉がかなり頻繁に使われているなあと思ったからです。
(日頃、モデル動物の世界にどっぷり使っている身ですので)
「人種」という言葉は「人種差別」などの言葉を連想させるので、きっと人文系の方からケシカランという批判をあびるだろうと思って冒頭の文を入れましたが、これが誤読を生む背景になったと思います。

少し前のエントリーで説明したDISC1という統合失調症and/or双極性障害の原因遺伝子として注目されている遺伝子では、「スコットランド人で5-10%の連鎖があるのに対し、フィンランド人ではハイリスクのSNPが30%認められる」という報告もあるとのことでした。
(繰り返しますが、DISC1にハイリスクのSNPを持つ人が、必ず発症する訳ではありません。なお、フィン人はウラル語族の系統です。)
ちなみに、マウスの系統でES細胞を作るのによく使われる129という系統は、以前から脳の構造に異常があり、行動解析には向かない(したがって129系統のノックアウトマウスは限りなくC57BL6などに戻し交配してから用いるべき)ことが知られていましたが、DISC1遺伝子の一部に欠損があり(系統の差としてそれだけ、ではないことは自明ですが)、統合失調症の状態を反映しているとみなされる(みなしているのは、基礎研究者ですが)行動が認められます。
ただし「人種ethnic group」によるゲノムの差、ということを厳密に追求しようとすると、結局は「個人」によるゲノムの差を集団として比較しなければならず、何をもって「人種」とするのか、という堂々巡りになってしまうでしょうね(マウスの系統の場合には、兄妹交配を繰り返し、遺伝子構成を均一化しているのですが)。

<以下つづく>
by osumi1128 | 2006-08-03 21:06

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