「人種の差」関連エントリー・ファイナル

悪い予想は当たり、JFK出発は6時間遅れた。
こんなことなら、翻訳の本も機内持ち込み手荷物にして、作業を続けるべきであったと心の中で舌打ちした。
しかも、日本は週末なので、処理するメールも少ない。
やれやれ・・・・
という訳で、以下かなり長文になります。

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一連の関連エントリーにはこれまでになく非常にたくさんのコメントを頂きました。
コメントを入れられた方の実数が非常に多い訳ではありませんが、いろいろな立場のご意見を知ることができましたのは有り難かったと思います。
必ずしも建設的な意見交換ではない場合もときどき見受けられましたが、ブログというコミュニケーションの手段としては仕方ないのかもしれません。
そろそろ煮詰まってきたように思いますので、ここでブログ管理者としては一応ファイナルということにしたいというエントリーをします。

今回の元エントリーはWorkshop on Schizophreniaに参加している間に「ゲノム時代」の「人種」というものに一生物学者として興味と疑問を持ったことが発端です(普段はラット・マウスの世界であり、学問上あまり気にしていない)。
そもそも、どんな「人種」であれ混血が可能なので、大局的な生物学として考えると「たいした差ではない」と言えます(「種」の定義から言って)。
ただし、薬の効き方などを考える場合に(向精神薬も含まれます)、ethnic groupを考慮すべきというのが現在主流の考え方だと思います。
そのことを明らかにするための手段として「統計学」は必要不可欠なものですが、実際の医療の現場では究極には「個人の差」「一回性の問題」に行き着くということでもあります。

実は先週参加したCold Spring HarborのWorkshopの初日の講義「(いわば)統合失調症概論」で以下のようなことを知りました。
統合失調症発症に関する社会的なリスクファクターとして、都市で生まれることのほかに「移民」ということがあるそうです。
イギリスの統計をもとにしていたのだと思いますが(実際にはアメリカでも同様とのこと)、中でもAfricanやAfrican-Caribbeanが非常に高く、non-English whiteよりAsianは低い、というものでした(すみません、ノートを成田からの荷物に入れて送ってしまって、今手元に数字がありません。後でリスクが何倍かを入れておきます)。
解釈としては、移民には言葉の障壁や社会的差別等によるストレスがあるためであろう、Asianにおける発症が移民の中では少ないのは家族で移住するからではないか、という風に「説明」されていました。
ただ、どちらも単独移住が多いAfricanとAfrican-Caribbeanの間でも統計的な差があることについては良い説明がありません。
生物学的な差が何かあるのかもしれませんし、何かpsychiatric genetistsにはすぐ思いつかないような文化的・社会的な差があるのかもしれません。

生命科学分野の中では今、「環境」により「遺伝子の働き方」が変わる、ということ(エピジェネティックな変化)に大きな注目が集まりつつあります。
癌や生活習慣病の場合もそうですが、神経系の場合にはさらに、「学習」などとの関係からも興味をひいています。
面倒見のよい母ラットに育てられるかどうかによって、元々面倒見の悪い系統のラットの仔の脳の中の遺伝子の働き方(それは化学修飾によります)が変化したり、持続的なストレスを与えて(ラットにおける)うつ状態を引き起こした場合、そこに抗うつ剤を持続的に投与した場合などでも、DNAの塩基配列そのものは変わらなくても、そのスイッチの入り方(遺伝情報の発現)に差がでます。
「遺伝」と「環境」という意味で言えば、「どちらが大事」なのではなく「どちらも大事」ということです。

もちろん、ラットやサルではヒトの営みすべてをモデル化できる訳ではありませんから、そのような研究は人間の精神活動を理解する助けにはならない、という哲学もありえるでしょう。
チンパンジーに一生懸命言葉を教えても3歳児程度までにしか発達しないといいます。
「だから、チンパンジーの研究をしても意味がない」という立場もありますが、「じゃあ、チンパンジーとヒトとどう違うのか? 何がヒトの言語獲得に重要だったのか?」を調べてみようという研究も実際に為されています。
あるいは、ある言語障害の家系(KEファミリー)において、その障害と連鎖する遺伝子としてFOXP2という名前の遺伝子が同定されました。
障害のある方にはFOXP2遺伝子に変異があり、そうでない方には変異がないことから、この遺伝子が初のspeech geneとして登場したのが数年前のことです(『心を生みだす遺伝子』の中にも書かれています)。
まだ、この遺伝子がどのように言語機能に関わるのかについて、全貌は明らかになっていませんが、その遺伝子はマウスにも存在しており、運動を制御する脳の領域において働いていることが報告されています。
文法性を持った歌を学習する鳴禽の脳でもこれは同様なので、今後の研究により発話に関わる運動系の制御などの理解に繋がる可能性もあるでしょう。

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元エントリーで「アフリカンアメリカンで生物学の研究者は少ないように見受けられるが、これには(社会的な背景が非常に大きいことが予測されるが)生物学的な要因はあるのだろうか?」という意味のことを書き、これについては「人種差別的発言である」というところから、「男女差についても差別的態度なのではないか?」という思いこみのようなご批判を受けました。
元エントリーの「地雷」や、関連エントリーで「バリバリの生物学者」というような言葉で読者を煽ってしまった観があることは行き過ぎだったと反省しています。

「人種の差」関連エントリー・ファイナル_d0028322_885940.jpg
「女性はもともと理系に向かないのではないか?」ということについて「そうではない」「社会的背景がある」ということを支持するデータを出しておきます。
(プレビューしましたら、あまり画質が良くないようですが、今アクセスできるコンピュータではいろいろいじれないので、とりあえずこのままにしておきます)
15歳時点における数学リテラシーに男女差がない、というのは数学科の友人Kさんにネタ元を聞かないと分からないのですが、「理科を面白いと思うか」という質問に対して、だいたい小学校から中学校まではyesと答えた生徒に男女差はないのですが、その後、男女の差が開いていき、結果として大学進学時点で諸外国では理系が男女半々に近いのに対して、日本では3:1くらいになります(科学技術白書等参照)。
その原因として、周囲の環境が大きいのではないか、ということを表すのが右図になります。
これは文科省の「学校教育におけるジェンダーバイアスに関する研究(平成12-14年度)」からのものですが、中学2年生の男女それぞれに「将来、自分が科学や技術に関わる仕事についたら喜ぶと思う」ということを、「お父さん」「お母さん」がどう思うか、また「先生は私が理科で良い成績を取れると期待している」ということについて「とても当てはまる・だいたい当てはまる・あまり当てはまらない・当てはまらない」という選択肢で回答してもらったものを集計したものです。
お父さんよりもお母さん、そして教師の方がより「女子は理系に向かないのでは」というプレッシャーをかけている(それを子供たちが感じている)実態が浮かび上がります。

もし、本当に「アフリカンアメリカンの方が生得的には他のethnic groupと同程度生物学を指向するにも関わらず、社会的にそれが抑圧されているのかどうか」を調べるとしたら、同様の調査をすることが可能でしょう。
ただし、それはそういうニーズや欲求があればの話かもしれません。
上記は男女共同参画に関わるたくさんの方たちの努力によって、現状を改善するための前段階として実態調査がなされたということがあります。
ちなみに、上記の資料が手元にあるのは、明日、松田科学技術担当大臣に男女共同参画学協会連絡会委員長の立場でご面会することになっており、そのプレゼン資料から抜き出したからです。
頂いたコメントで「現状を変えるべく動いていない」というご批判もありましたので、一応、こういうこともしている、ということを説明しておきたいと思います。

だいぶ長くなりましたが、最後に、一連の関連エントリーの中で、コメントによりご指摘を受けた中で、私が重要と思うことにつきまして、以下取り挙げておきます。

<双子における遺伝率について>
「一卵性双生児における統合失調症の発症率は40-60%」という記載ですが、より正しくは「一卵性双生児の片方が統合失調症を発症した場合に、もう片方が発症する確率は40-60%」というのが一般の方には誤読の少ない記載です。
ご指摘有り難うございました。
双子の親御さんの方、ご心配(びっくり?)させてしまって申し訳ありませんでした。
もっと早くコメントバックしたかったのですが、沢山のコメントに埋もれてしまいそうでしたので、別エントリーにさせて頂きました。

<男性の乳癌について>
「乳癌は女性特有」とエントリーの中に書きましたが、女性の1/100くらいの割合の男性乳癌患者もいるといいます。
1/100という数字の信憑性につきましては、正確なことは専門書等に当たって頂いた方がよいと思いますし、生涯発症率としてどのくらいなのか知らないのですが、「(これは無視できない数字であるので?)、<乳癌は女性特有>という記載は改めるべき」とのご指摘を頂きました。
ご指摘のように訂正致します。
有り難うございました。

<フィンランド人について>
「フィン人はウラル語族の系統です。」という記載について、「人種と民族を混同している」旨のコメントを頂きました。ご指摘有り難うございます。
言いたかったことは、フィンランドの国民の多くを構成するフィン人は、おもにフィン語を使用するのですが、これはウラル語に属するもので、また、身体的にも同じ北欧のスウェーデン人とは異なる、ということです。
身体的な部分は、これまでに実際にお会いした(たかだか)数人のフィンランド人の方たちから私が感じる「印象」で(やや身長が低い、髪の毛の色、目の色が茶系など)、その分類としてどのように扱うのが適当なのかは知識がありません(どなたかお教え頂ければ幸いです)。

なお、Wikipediaを覗いてみましたら、下記のような記載になっていました。

現在のフィンランドの土地には旧石器時代から人が居住した。南には農業や航海を生業とするウラル語族のフィン人が居住し、後にトナカイの放牧狩猟をする、同じくウラル語族のサーミ人が北方に生活を営むようになった。 400年代にインド・ヨーロッパ語族のノルマン人のスヴェーア人がフィンランド沿岸に移住を開始し、居住域を拡大していった。


私のブログよりは影響力が大きいでしょうから、こちらを編集して頂いた方がよいかもしれませんね。

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昨日は成田に着いたのが夜の10時過ぎ。
時差解消にはこういうタイミングの方がよいかもしれない。
今日、明日は東京で用務。
by osumi1128 | 2006-08-07 08:27 | サイエンス

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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