モノグラフ

学生さんが撮ってくれたカニの画像がまだ手に入らないので、とりあえず他の話題に進みます。
数日ぶりによく晴れた一日でした。
それでも風が吹くと秋の気配を感じます。

『エッセンシャル発生生物学第2版』の翻訳作業を進めていましたが、本日をもってようやく脱稿しました。
この第1版は自分にとっては2冊目の翻訳ですが、丸々自分で訳したという意味では初めての思い出の1冊です。
発生生物学の教科書には第7版にまでなった分厚いGuilbertや、植物もかなり盛り込まれたWilt & Hake(本年翻訳本刊行)、ちょっとクセのあるWolpertなどがありますが、Slackによるこの教科書は「モデル生物別立て」という珍しい構成です。
ボリュームも手頃だったので、原著を読んで「これは是非翻訳すべき」と思いました。
ちょうど歯学部で発生学の授業を担当することになり、一通り読み直したいという動機もあって、数章訳してから出版社に持ち込んで交渉し、引き受けてもらうことができました。
(普通はやっぱり出版社の方から持ち込まれますので)

2002年に第1版の翻訳本を出してから4年余で改訂第2版ということになります。
今回大きく違うのは4色カラーになったこと、各章に「まとめ」と「古典的実験の紹介」「将来の展望」が付いたことなどのほか、内容としては「幹細胞」や「進化」を大きく取り上げたことです。
細かい部分では、どの章にも新しい知見が加わっており、この4年の間の発生生物学の進展を改めて感じることになりました。
技術の点においても、マイクロアレイ、プロテオミクス、RNAiなどが取り上げられています。

仙台の研究室が形になってから、年に1冊、何らかの形で本を出せたらと思うようになりました。
研究者には「研究原理主義」(中山敬一さん談)、あるいは「論文至上主義」というタイプの人もいますが、私はやっぱり「本も好き」ですね。
もちろん、研究原理主義の方でも(頼まれて)本を書かれることは非常に多いのですが。
残念なのは、英語を母国語とする方であれば、教科書にせよ、専門書にせよ、一般書にせよ、書いたものは全世界に出回るのですが、日本語を理解できる人は世界からみたら少数派ですね。
しかも、その中で研究に関する内容となると、さらに少数の方が読者ということになります。

以前、岡田節人先生に言われたことですが「最近の人はmonographを書きませんな。学者たるもの、monographを書かんと・・・」
岡田先生の言われるモノグラフは、「ある一つの問題に関する研究を記した論文(Wikipediaより)」というよりも、「研究の専門的な内容について英語で書かれた本」というような意味であり、論文で引用することもあります。
雑誌の総説よりはずっと長く、分担で書くというよりは単著で、教科書的にある学術分野を網羅しているというよりはspecificなテーマについて掘り下げてある、というような本と言えばよいでしょうか。
例えば岡田先生のものでは
Okada, TS (1991). Transdifferentiation. Flexibility in cell differentiation. Oxford: Clarendon Press.
などが相当します。

たぶん、忙しい時代になってしまって、自然科学系の研究者にとって、総説なら日本にせよ英語にせよ頼まれればこなすでしょうが、自発的にmonographを書く時間を見いだすことは非常に難しいのかもしれません。
サバティカルでもあると良いのですが。
by osumi1128 | 2006-08-31 20:41 | サイエンス

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