おとぎの国の科学

今週もREDEEMの実習が続いている。
もちろん受講者は先週とは違う方達であるのだが、こちらは2週連続なので、準備等で楽な面、体が慣れた面と、やっぱり大変という面の両方ある。

エンジニアに分子細胞生物学から解剖生理学までの実習を提供する、というこのプログラムに参加しているのは、いろいろな企業で開発・研究に関わっておられる方々だ。
中には有給休暇を取られて自腹で来ているような方もある。
それだけ意気込みがあるので、教える方もやりがいを感じると同時に、エネルギーを吸い取られていく感覚もある。
でもとにかく、こうして仙台に来てくれた方々が「何か」を掴み取って戻って頂けたら、教える方は満足である。
この経験が生かされるのはずっと後であるとしても。

*****
研究プロジェクトのニュースレターBrain & Mindの第4号の色校正が終わった。
予定よりも1週間遅れのスケジュールではあったが、形になったものを見るのは嬉しく、またほっとする。
年2回刊行しているが、基本的に原稿はプロジェクト関係者にボランティアで執筆して頂いている。
それ以外に、毎号、脳科学者との対談を受け持って下さっているのは、朝日新聞の記者をされている瀬川茂子さん。
今回は、フリーライターの齋藤海仁さんにも「脳!展見聞録」という見開き2ページの記事を書いて頂いた。
やはり、研究者の書く文章よりも、読み手のことを考えられているのがよく分かる。
2ヶ月前くらいに原稿依頼を行い、1ヶ月の間に集まったテキストや関連画像を業者に渡してレイアウトしてもらい、2回程度の校正をPDFのやりとりで行う。
ほぼページ割が確定して、指定された字数で「編集後記」を書くのが一番充実感を感じるとき。
ここまでくれば、後は色校正(ほぼ最終版で、同じ紙に、若干画質は落として印刷されたもの)だ。

マンネリにならないように、来々号以降をどうするか、ただいま思案中。

*****
本好きには有り難いことに、最近は直接存じ上げない方からも御著書を恵贈して頂くことがあり、でも、読書に割ける時間の関係により、しばらく読めないで「積ん読」状態のものも多い。
つい最近、瀬名秀明さんから近著『おとぎの国の科学』(晶文社)を頂戴し、お世話になったこともあって、3晩に分けて読破した。

同じ分量の本でも、ミステリーだったらきっと睡眠時間を削って一気に読んでしまうのだが、今回の本は初のエッセイ集であり、そういう訳にはいかなかった。
たしか「ショート・ショート」の星新一が「短いものほど手間がかかっている(だから、原稿料を原稿用紙の枚数で決めるのはおかしい)」と書いておられたが、2000字程度のエッセイでもこれは密度が濃くて、続けていくつも読み続けるのが難しかったからだ。

まったく直接面識のない作家のエッセイを読むのと、少しは人となりを存じ上げている方の(小説ではなく)エッセイを読むのは、ずいぶんと感覚が違うなあと思った。
リアルな存在として知る人の「言葉」には、「やっぱり」という点と、「あれ?」という意外な発見がある。
小説なら「物語」の中だという意識が強いので、「<女性>の描き方がリアルでない」などと、ご本人の前でど素人が意見したりもできるのだが(註:若干のアルコールの作用も加味されている)、エッセイとなると私的な体験にまつわるエピソードもあって、なんだかちょっとそうはいかない。

「はじめに」の中で著者は「いまでも私はエッセイが苦手だ。わずか数枚の依頼に悩むこともしばしばで、小説を書く方がよっぽど速く筆が進む」と書いておられるが、そんなことはない。
アニメと映画の話題は私の守備範囲外なので分からないことだらけだったが、広い読者層に伝わる言葉もたくさんある。
本の最後から2番目のエッセイ「一言が伝えられない」には、読者から届いたメールのことに触れて、こんな風に書かれていた。
・・・・・・・・・・
 本を読んで、博物館に行きたくなりました。
 空を見上げたくなりました。
 理系を目指す決心をしました。
・・・・・
 小説はたくさんの言葉でできている。私はたった一行に想いのすべてを籠めるのが苦手だ。無数の言葉を費やしてもまだ本当の気持ちを伝えられない気がする。決してこれからも詩人にはなれないだろう。だが好きなことをやって、好きなことを書いて、その中の一言がたまたま誰かの心に届く。そんなことが確かにあるのだ。
 無数の言葉の中に、大切な一言はきっと宿るのだと思う。大切な一言を見つけ出すのは、自分ではなく相手なのだ。一行の価値は相手が決めるのだ。そう信じたいと思う。
 もどかしいと感じるのは、無言であることよりずっといい。
(初出:ダ・ヴィンチ 2003・9)


この文章をどう受け取るかも読み手次第。
私は、小説家であることに加えて、科学技術コミュニケーター育成プログラムの講師をしたり、朝日中学生ウィークリーに寄稿されたり、東北大学工学研究科機械系の特任教授を引き受けたりという瀬名さんの「想い」が詰まった言葉だと思う。

本を締めくくるのは、彼の大好きなドラえもんの『のび太の恐竜』にまつわるエッセイである。

追記:言い忘れましたが、装丁も素敵。鈴木秀ヲという方のカバー写真は、いったいとこから見つけてきたのかと思うようなファンタジーのあるもの。詳しくは瀬名NEWS8月25日へどうぞ。
by osumi1128 | 2006-09-04 23:13 | 書評

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


by osumi1128
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31