科学への愛と誇り

一昨日のエントリーの続きと思って読んで頂きたい。
研究における不正行為について、いまだ「対岸の火事」と思っておられる研究者も多いだろう。
その限りにおいて、この問題は取り上げていく必要があると感じる。
一方で、大阪大学生命機能研究科の件について、私は大学として緊急にすべきことについては一通りの対応が為されたと見ている。
一番心配したのは同じ研究室の方々の身の振り方だが、毎日新聞の記事(9月22日)によれば「大学院生らの指導は他の研究室の教授らが行っている」となっている。
また、個人的に伝え聞くところによれば、専門家によるカウンセリングも開始されたという。

5号館のつぶやきさんの本日のエントリー研究室の運命共同体構造では、研究室から不正の声が上げにくい体質について分析されている。
ミスコンダクトの予防と対応については多角的に考える必要がある。
そもそも、論文捏造のようなことが起きないようにするにはどうするか、起きてしまった場合にはどのようにプロセスを進めるか。

東北大学では今年度の初めくらいに『研究者の作法ー科学への愛と誇りをもってー』というパンフレットが全教員および学生全員に配布された。
今回改めて、どこにアクセスしたら辿り着けるのか探してみたところ、
「東北大学のホームページ」→「教職員向け情報」→「研究協力情報」の項目の中の「研究不正の対応に係る体制整備について」

というリンクになっていた。
(※ただし、今のところ「学内限定」サイトとなっていますので、学外からはアクセスできません)
この中にPDF版のパンフレットとポスター、そして「対応マニュアル」に相当するPDFが掲載されていた。

それによれば、主な体制整備として
・全学相談窓口を設置する。
・部局等に相談窓口を設置する。
・全学調査委員会(仮)を設置する。
・部局等に調査委員会を設置する。
・研究推進企画室において、不正防止に関する教育システムの構築など研究不正防止策について検討する。
・研究費の不正経理に係る調査は、監査室が中心となり実施する。

となっており、「論文」と「研究費」に分けたフローチャートも出来ていた。
また、パンフレットの裏表紙には「東北大学研究倫理相談窓口」のメールアドレスが載せてある。
いち早く対応していたようで、ほっとする。

ただし、この体制整備でまだ欠けているのは、「巻き込まれてしまったポスドクや大学院生への対応」である。
例えば、研究費で雇用されているポスドクの場合、もし研究代表者が何らかの不正行為により、その研究費の使用停止となった時点で路頭に迷うことになる。
したがって、このようなポスドクが次の行き先を探すまでの間は、研究科なり大学なりがフォローすべきと考えられる。
また、心のケアについても明記されていない点についても改善すべき余地があろう。

パンフレットの方には3つの作法が掲げられている。
●独創性の尊重ーアイディアは研究の命です。
●研究への誠実さー自分を欺かない。
●論文はまごころをこめて

非常に味わいのある中身なのだが、クレジットの関係か、学内限定とされているのがもどかしい。

ただし、いくら精神論で高い理想を掲げても、不正の芽をすべて摘み取ることは不可能ではないか、という批判はもっともである。
したがって、もう少し踏み込んだシステムを構築していく必要があろう。
その意味で、学部生の頃から学生を囲い込む「タコ壺大学院教育」や、脇見させずに走らせる「競馬馬指導」は崩壊させるべきである。
このことは、「ドクターまで行った学生は使いにくい」として企業から敬遠される傾向を改善することにも繋がると思う。

東北大学のパンフレットの表表紙には次のような文章が引用されている。

かつては、信仰が、いや、信仰の海が、
この海原と同じように、漫漫と水を湛え、
きらめく帯の襞さながらに、地球の岸辺をくまなく囲んでいた。
だが、私が今耳にしているのは、ただ、その海の
愁いをおび、陰にこもった長いうなり声にすぎない。
それは、夜風の息吹とまざり合い、この世界の
荒涼無残な極限の彼方へ、裸の小石が、
空しく群がっているあたりへ、と流れてゆく声なのだ。

ああ、君、せめてわれわれだけでも
お互いに忠実であろうではないか!

(マシュー アーノルド作、平井正穂訳、ドーバー海峡、岩波文庫より)

by osumi1128 | 2006-10-01 22:12 | 東北大学

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