齢をとること

今必至に学振の書類を書いているうちのM2くん(これで一人に限定されています)は、昨年、授業のアシスタントに付いて来てもらって、多数の学部1年生を見たときに「若くてピチピチしていて羨ましいなあ・・・」とのたもうた。
「えっ、なんで?」と聞くと「だって、いいじゃないっすか、若くて〜。もう自分が年だって感じちゃいます。」
(私を前にして、「年だ」なんて言うのは失礼だと思ったが、まあそれはさておき)
「えー、私はあんまり羨ましいとは思わないけど。だって、大人になった方が出来ることや、楽しいことが、いっぱいあるよ。」
「そーかな〜・・・」
「少なくとも、美味しいモノが食べられるし、いいお酒が飲めるじゃない。」
「それはそうかもしれないけど・・・」

確かに、齢をとるというのは不可逆的な過程で(生命現象はほぼすべて不可逆的だ)、若いときは戻ってこない。
自分の高校時代や大学時代はそれなりに楽しかったし、楽しい思い出も(そうでないことも)たくさんある。
20代のオンナノコ(西欧人なら10代後半まで)を見ると、肌は綺麗だし(ガングロの人は除く)、ヘソ出しが似合うし(人による)、なんだか眩しいなあ・・・と見惚れることは勿論ある。
でも、大学時代をやり直したい、などとは不思議とあまり思わない。
(ラケットばかり振っていないで、もっと本を読むべきだったとは思う。今よりも圧倒的に時間はあったはずだから。)

若い頃、いろいろな「やりたいこと」「なりたい職業」が一杯あった。
例えば建築デザイナー、インテリアデザイナー、雑誌の編集者、料亭の女将・・・
結局そのどれにもならないで、今、大学で「研究と教育」に携わっているのだが、実は結構、昔の夢をそこそこ実現しているかもしれないことに気付いた。
例えば、ラボを運営すること、新しいラボの設計をすること、プロジェクトのニュースレターを発刊すること、シンポジウムを開催すること、自分の家のインテリアを考えること、花を飾って料理を作って人をもてなすこと、どれも関係することばかり。

もちろん、これらは「プロ」としてではない。
でも恐らく若い頃に考えた「なりたい自分」像は、プロとしてのそれではなかったように思う。
プロとして、職業としての生業は、憧れだけで続けることは難しい。
憧れていたのは、光の当たるほんの一面だけだったかもしれない。

その頃の倍くらいの人生を生きてきて、研究者というプロにはなれたように思う。
そうなることによって、むしろ出来ることが広がった気がする。

齢をとるというのは、私にとっては楽しいことでもある。
(さて、申請書が送られてきたので、添削しなくては・・・)

プロジェクトHP
http://www.brain-mind.jp/

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by osumi1128 | 2005-05-05 16:57

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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