授業はコワイか楽しいか

今週は細胞生物学の授業5コマ目の担当。
テーマは「細胞内物質輸送」。

私の行う細胞生物学は「膜」重視である。
先日のエントリーの様に、「膜で囲まれている」のが生き物としてどれだけ根元的か、という問題はいろいろな意見があろうかと思うのだが、現時点での細胞生物学として「膜」は避けて通れない重要なテーマである。

で、数コマ前の「細胞膜」の授業の復習をしつつ、膜の「表と裏」の問題などを解きつつ、細胞の必要なところに必要な分子を配置する仕組みについて話をした。

授業をするたびに、今でもいつも、助手になって初めて担当した講義のことを思い出す。
発生学の1コマを担当したのだが、90分の持ち時間が長くて、とてもその時間、エネルギーが持たなかった。
相手はいわば「学生のプロ」であり、かたや、こちらは教えることにかけては超ビギナーであり、授業開始から20分で、こちらのエネルギーをすべて吸い取られたような気持ちになった。
早く終わらせて帰りたかった。
すでに、学会発表では十分な経験もあり、シンポジストもさせてもらったこともあったが、そういう専門家相手のトークでは、一応聴衆は「聞きたい意志」があって来ている人たちだ。
それに対して、授業というのは(一般的に)相手は、単位の為やら、他にすることがないやらで、決してモチベーションが高い集団ではない。
学生さんの反応の悪さに、どんどん落ち込んで、とても悲しい気持ちになっていった。

そのとき思ったのは、授業をするというのは、こちらのテンションを思い切り上げておかなければならないということだ。
相手に聞く気があろうとなかろうと、自分の伝えたいメッセージを強く発散しなければならない。
また、同時に、相手の雰囲気を察して、飽きてきた様子だったらジョークを入れる、大事なポイントのときには強くそれを伝える、などのメリハリを付ける必要があることも知った。
そうやって、2コマ続きや、一日に4コマなどの講義をこなせるようになった。

でも、今でも授業はコワイと思う気持ちがある。
若い、感受性の高い学生さんの90分に何を伝えられるか、十分に慣れた講義でさえ、自分の思いのどれだけが伝わるのだろうと考える。
もちろん、相手は大学生なのだから、自分で学ぶのが当然であるからして、講師が何を喋ろうが気にする必要がないという考え方もあろうかと思うのだが、100人弱はいる人たちにどれだけのことを伝えられたのか、いつでも不安な面持ちである。

その一方で、授業は楽しい。
準備のために教科書を読み直して新たな発見があることも多いし、ライブでのパフォーマンスや、学生さんとのアドリブのやりとりはジャムセッションのようでもある。
そういう意味で、授業というのは良い刺激になっている。

*****
今日は夕方に12月に行うモデル事業関係イベントの打合せの会議があり、かなりはかどったので満足。
ポスターのデザインが、名前は知らないのだけど、ときどき女性月刊誌などで見かけるイラストレータの方のもので、なかなかセンスが良い。
東京から来て下さったMさん、ご苦労様でした!
次にお目にかかるのはたぶん当日(もしくは前日?)ですね。
by osumi1128 | 2006-11-01 01:59 | 東北大学

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