JL405機内で

11:10発パリ行きの便は機内整備に手間取って1時間くらい遅れての離陸。

最近は映画を見るのは飛行機の上かDVDかになっている。
今回も何が見られるか楽しみにしていたら、2004年の『オペラ座の怪人』(字幕)をやっていたのでチョイス。
これはもう10年くらい前、確か劇団四季の日本語版ミュージカルで見たのが最初で、その後ロンドンで1回、ニューヨークで2回見た。
アンドリュー・ウェーバーの名品なのでご存じの方も多いだろうが、オペラ座の地下に棲むという醜い顔半分を仮面で隠した怪人が、クリスティーンという駆け出しの歌姫に恋をして、クリスティーンは幼なじみでフィアンセのラウルという名の子爵との間で板挟みになるという設定。
当時、アンドリュー・ウェーバーが最愛のサラ・ブライトマンをヒロインにして書き上げたというこのミュージカル(ということを、私は比較的最近知ったのだが・・・)は、とても良くできていて、水戸黄門か、渡る世間に鬼はないか、果てまた歌舞伎の仙台萩か、というくらい、見る者のツボを心得ている。
そもそも、設定が一人の若い美女を巡って、方や顔は小さいときの感染症(だと、今日字幕によって初めて知った)により醜悪だが音楽の天才である怪人と、それなりのハンサムでお金持ち(しかも、一応幼なじみでしばらく会っていなかったというおまけ付き)の二人の男性が争う、という主要人物の設定からして、王道中の王道である。
同じ旋律が違う歌詞で何度も出てくるが、ほとんど「条件付け」の世界。
私の場合、普段はドライアイなのだが、この手のものには涙腺がゆるみっぱなしで、よく知った旋律が聞こえてくるたびに泣けてくる(ほとんどパブロフ犬状態)。
旅先で見るミュージカルは一人のことが多いのだが、ニューヨークの2回目は、当時留学されていた法学部の友人(やはりワイン仲間)がチケットを取ってくれ、一緒に見に行ったのだけど、(当たり前ですが、歌詞から台詞から全部英語でしたが)やっぱり大泣き。
歌詞そのものも、とても良い。
でも、Share with me, one love and one lifeなど、やっぱり音とともにある方が、さらに快感なのでしょう。

何度も見るとだんだん細かいディテールに気付く。
ミュージカルの舞台はやっぱり「生」の迫力があるし、このような映画はそれなりのセットと特殊撮影効果で訴えかけてくるので、どちらも捨てがたい。
今回知ったことはさらに、バレエの振り付け師である「ジリー夫人」が小さいときに、見せ物小屋で晒し者になっていた怪人がそこから逃げるのに一役買っていた、というエピソード。
こういう細かい設定はやはり映画ならではだろう。
でも、軍配を上げるとしたらやっぱりミュージカルかな。
大人数の「マスカレード」の迫力などは、やはり舞台で直に見ると全然違う。
あと、最後の最後(大泣きのヤマ)、怪人がクリスティーンに「自分との愛を取れば恋人の命を助ける、さもなくば二人とも死ぬ」という究極の選択を迫って、クリスティーンが前者を選択する(生物学的に考えて当然)のだが、結局は怪人が自分から身を引く(これまた、物語としては常識的な帰結)という場面で、舞台では怪人が諦めて自分の椅子に座ってその周囲にカーテンが引かれ、その直後にクリスティーンとラウルを探しに来た警察その他の一行の中のメグ(という名前であることをやはり本日知る)がカーテンを開けると、なんと中には誰もいなくて、一番最初のオークションの場面に出てくるシンバルを叩くサルのオルゴールがひっそりと椅子に置かれている、という演出になっていて、これは(初めて見た聴衆は必ず)「はっとする」のだが、映画ではそのあたりが(映画らしく)だらだらしていたのが残念。

「泣く」というのは一種のカタルシスだと書いてあったが、確かにそういう作用もあるかもしれない。
でも「涙」が感染るのは何故なのだろう?(そういえば欠伸も感染る気がするが)
「泣いている人」の隣にいて「もらい泣き」することもあれば、バーチャルな映画やDVDを見てさえ同じ反応をしてしまうということは、よっぽど脳に刷り込まれたプログラムなのだろう。

次は『レモニー・スケットの世にも不幸せな物語』という新作で口直し。

・・・というところまで機上で書いて、パリのホテルから投稿しました。
そろそろ時差で限界。
by osumi1128 | 2005-05-10 04:19

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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