スウェーデン語の読み取りとかかけて

     スウェーデン語の読み取りとかかけてサイエンスと解く。
     その心は、どちらも暗号の謎解きのようなものである。

スウェーデン語はちょっとドイツ語に近いような雰囲気がですが、アルファベットに付く○とか・・とかがあって、発音はよく分かりません。
タクシーの運転手もそこそこの英語を話せる国なので、スウェーデン語はほとんど聴き取れないままに2晩過ごしました。
ホテルではすべてスウェーデン語と英語が併記されていたので、両者を比べながらヒエログリフの解読のような気分を味わっていました。

初めてのストックホルムだったのですが、訪問先であるカロリンスカ研究所の近くのホテルに泊まり、1日セミナーやディスカッションをしただけで、市内観光も全く無しの慌ただしいスケジュールでした。
共同研究先との交渉もあったので、ビジネスとしては十分目的を果たしたのですが。

もう一度振り返ると、まずパリからの便が2時間近く遅れて、アーランダ空港に着いたのは夜中の12時過ぎ。
荷物はキャリー・オンしていたので、すぐさまタクシーでホテルに向かいました。
30分くらいで到着し、お金を払おうとしたら、なんと、スウェーデンはクローネだったということに気が付きました!
いやー、EUに加盟していたから、当然のようにユーロが使えると思っていたのですが、馬鹿でした。
でも、タクシーはカードで払えて事なきを得ました。
また、訪問先の方にセミナー当日の夕食は御馳走して頂いたので、一度もクローネを見ないままでした(苦笑)。

研究所ではセミナーの前後に、数人とディスカッションしたのですが、そのうちの一人は、以前Cellに面白い論文を出していた方でした。
14Cを用いた化石の年代測定がありますが、それを「人体」に応用すると、細胞の「古さ」を測ることもできる、というものです。
ヨーロッパではロシアが最後に行った核実験のときに大量の14Cが出来、それが植物に取り込まれ、食物連鎖でヒトにも到達する訳なのですが、年が経つにつれ、その量が減衰していきます。
したがって、ある組織を取ってきて、その中の14Cの量を測定することによって、その細胞が1980年頃に作られた、などと推測することが可能なのです。
これが何故嬉しいかというと、例えば、ヒトの脳の中で本当に新しく神経細胞が生まれているかについて証明できるのです。
これまでに、癌患者さんのボランティアの方にBrdUという増殖細胞を標識出来る薬物を投与し、その方が亡くなられたときに、脳の切片を作って調べてみると、確かに、ラット、鳴禽、サルなどで証明されたと同様に、海馬で新たに生まれた神経細胞が存在していた、という論文はあるのですが、追試が為されていません。
ですが、14Cを用いた方法により、海馬の細胞の方が大脳皮質の神経細胞よりも「若い」ということが確かめられるという訳です。

その方はKirsty Spaldingという、まだ若いAssistant Professorの女性だったのですが、上記の原理を実際に「使える」状態に持っていくには、かなりいろいろな試行錯誤があったということを話してくれました。
例えば、ヒトの試料を使う前段階の実験として、ウマを用いてみたり(いつ生まれたかはっきりしていて、さらに十数年くらいの比較が可能)、細胞の14Cを測定するのにも、核だけ抽出するのが一番、夾雑物が少ないということに辿り着くのに数ヶ月かかったり、とにかく紆余曲折、いろいろあったと(今だから)楽しそうに言っていました。
でも、こういうまったく新しいアプローチはきっと楽しいだろうなと思いました。
さらに彼女は、「もしかして、これは法医学に使えるのでは?」と考えて、歯のエナメル質の14Cを測定してみると、これまでの法医学では、時間の経った死体が見つかったときに、歯の磨り減り方や、骨の緻密度などから、「30歳から40歳」などというアバウトな年齢を割り出していたらしいのですが、一ヶ月くらいの誤差で年齢を推定できるということも発見したそうです。
スゴイなあ・・・
このネタがミステリーの世界に使われるのは、いつ頃でしょうね?
是非、車椅子の科学捜査官シリーズあたりで使ってほしいものです。

* ****
さて、木曜日の朝7時頃にストックホルムのホテルを出発し、ロンドン経由でエジンバラに到着したのが午後2時頃。
今回は、ヒースロー空港の乗り換えがあったので、荷物は2つに分けて、キャリーバッグをチェックインしたのですが、ついに、生まれて初めて! ロストバッグを経験することができました!!!

バゲッジ・クレームに行って手続きをしたのですが、あっさり「今日の夕方六時くらいには滞在先にお届けできると思います」と言われました。
「どこで行方不明になったのでしょうか?」
「たぶん、ロンドンの乗り継ぎだと思いますが。」
なるほど、2時間弱の乗り継ぎ時間だったので、ちょっとキケンかなと思ったのですが、やはりそのようでした。
でも、ヒースロー空港の乗り換えはゲートも離れていたし、イギリス国内線に乗り換える際に「機内持ち込み荷物は1つです」とうるさかったし、やっぱり預けなければならなかったから、仕方なかったですね。
エジンバラの空港には「持ち主不明トランク」なのか、「持ち主はすでに手続きをして空港から離れたトランク」なのか分かりませんが、大量のトランクがありましたので、日常茶飯事のようですね。

* ****
で、空港からタクシーでHeriot Watt大学の宿舎に到着。
部屋を探すのに迷路のような建物でかなり時間がかかったのは、私の方向感覚の障碍によるものでしょう。
夕方のPlenary Lectureから英国発生生物学会、細胞生物学会、遺伝学会のジョイントの学会が始まります。
by osumi1128 | 2007-03-30 06:02 | 旅の思い出

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