良い看護とは

北大の科学技術コミュニケーター養成ユニットの特任教授のK本先生が宮城大学で講義をされ、宮城大学の先生お二人とともにご一緒する機会に恵まれました。

吉次の焼き物などをつつきつつ、「どういうご縁で今回、講義をされたのですか?」と伺うと、(思いっきりはしょって)K本先生の書かれた『ナースが学ぶ「患者の権利」講座』(日本看護協会出版会)がきっかけとのこと。
K本さんは、長年、某TV会社でディレクターをされておられた方ですが、上記、北大のプロジェクトが立ち上がったときに、公募でそのポジションに付かれたそうです。

「とっても美人の看護師さんで、でも、看護の技術に欠ける人と、美人からはほど遠いけど看護のプロとして素晴らしい人と、どちらに看護されたいですか?」と聞くと、多くの方は前者を選ぶと言います。
「では、とっても美人の女医さんで、でも、医療技術に欠ける人と、美人からはほど遠いけど医療のプロとして素晴らしい人と、どちらに治療されたいですか?」と聞くと、後者を選ぶ人の方が多いという答えが多い。
本当は、一番、患者の身近にいる看護師さんこそ、その技術が大事なのに、と、K本さんプラス宮城大の先生お二人のいろいろなお話に、いちいちなるほどと思うことしきりでした。

私自身、元々、日本の医療制度では医師が行うこと(医師でなければしてはいけないこと)が多すぎるのが問題ではないかと思っているのですが、なかなか改善しませんね。
加えて、日本では人口当たりの医師数は諸外国と変わらないにもかかわらず、ベッド数が多く、結果として、医師あたりのベッド数が多い計算になり、つまり、単純に計算しても仕事が多くなる訳です。

看護のお話で認知脳科学的に興味深かったのは、キネスティックという体位変換の技術の考え方。
例えば寝たきりの状態の患者さんの褥創などを防ぐために、体の向きを変えてあげる必要がありますが、単にそういう創傷を防ぐという意味以上に、体の向きを変えてあげることによる「コミュニケーション」が人間らしさ・生きているという実感を保つためにも大切ということでした。
まさに、「身体性」に基づくお話だと思いました。
生まれて間もない子供が、手足を動かしつつ、徐々に自分の体と世界の境界を知るのと反対に、もし、手足を動かすことができずにいたら、だんだん自分の体と世界の境界が曖昧になっていくことは想像できます。
たとえ、自発的に手足を動かせなくても、皮膚感覚だけでも刺激を与えることは、きっと重要なのだと直観します。

コムスンの件が話題になっていますが、病院よりも在宅介護といっても、寝たきり度が高い方が保険料が高いから、なるべく寝たきりにさせてしまう、という資本原理がまかり通るのは、非人間的なことだと感じます。
そういうサービスでは成り立たないように、周りの人たちが共通した意識を持つことが大事でしょうね。
by osumi1128 | 2007-06-19 02:23 | 雑感

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