ミトコンドリアのちから

この週末は東北大学百周年記念を冠にしたイベントとして、理学研究科主催の展示&講演会近代物理学のあけぼの〜素粒子・原子核研究における東北大学の貢献〜という企画がせんだいメディアテークで開催されました。

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日曜日にノーベル賞の小柴さんの講演があり、300名くらいの大盛況。
続く高エネ研所長で元理学研究科長の鈴木厚人先生の講演も合わせると3時間でしたが、サイエンスカフェ等で慣れているせいか、集まった仙台市民は皆最後まで聴いておられたようです。


上記のサイトが理学研究科HPから見つからなくてウロウロする間に先日の百周年のフォトアルバムを見つけました。
理学研究科HP担当の方は本当にマメにアップデートされていて、素晴らしいです。

*****
さて、しばらく前に瀬名さんから近著の『ミトコンドリアのちから』(新潮文庫)を頂いて、出張に連れて行って読みました。
一言で「面白い!」です。

旧版の『ミトコンドリアと生きる』(角川oneテーマ21)の方は読んでいないのですが、今回の全面改定に当たり、次のような方針を決めたそうです。
①この1冊を読めばミトコンドリアの基本がすべてわかる、そんな欲張りな構成にする。
②最新のデータも積極的に取り込んでいくが、ページ数は限られているから、確実だろうと思われる実験結果のみに絞って読者に紹介する。面白い研究はいくらでもあるが、10年後に覆るかもしれない仮説はあえて省く。


確かに、この1冊には590円というのがもったいないくらいの情報が詰まっていますが、だからといって、それだけではない、というのが研究者+研究者の気持ちが分かるライターの組み合わせだからこその本書の価値だと思います。
まず本書では、ミトコンドリアを通して科学研究のロマンをお伝えしたいのです。

とあるのですが、研究内容そのもののロマンだけでなく、エネルギー代謝に関わった歴代の科学者が、生身の人間として生き生きと描かれていることは、読み物としての娯楽性を高めています。

本書のふたつめの目的として、ミトコンドリアが実にさまざまな疾患に関係していること、そしてその治療に多くの科学者が知恵を出し合って努力していることを伝えたいと思います。

実際に、ミトコンドリアが関わる老化、アポトーシス、生殖、代謝病、各種ミトコンドリア病などについての記載も分かりやすく、一般向け講演などで大いに参考になりそうでした。
遺伝子の変異のことは、ときに「変化」という言葉で示されていますが、これは「遺伝子の変化そのものは幸福でも不幸でもない」という哲学によるもので、私も一般向け講演などで常に意識していることです。
また、流行のサプリメント、コエンザイムQ10の話なども盛り込まれています。
このような「健康情報」が、似非科学でなく、きちんと伝えられることは、大切な科学コミュニケーションだと思います。

私にとっては、好気性バクテリアが太古の昔に取り込まれて共生体のミトコンドリアになり、やがて多数の遺伝子を核へ移していったことや、人類の起源、ミトコンドリア・イヴ、アフリカ脱出と大移動なんていう話題がお気に入りです。
たくさんのコラムも興味深いのですが、一番最後の「ミトコンドリアが登場する物語」は、さすが瀬名さんの情報収集と思いましたが、ミトコンドリアに魅了され、想像力を刺激された方が非常に多いと改めて認識しました。

最後に、
生命の基本原理を知ることによって、病気の原因がわかり治療法や予防法がわかる。逆に、病気を診ることによって、生命の基本原理がみえてくる。

という太田氏の研究室のHPに掲げられた言葉が引用されていますが、現代の生命科学研究のポリシーは、ほぼこの言葉に尽きると思います。
「科学は実用されて光り輝く」ともありました。
役にたたない科学を軽んじてはいけない、役にたつ科学を見下してはいけない、そんな風に思います。
by osumi1128 | 2007-09-18 00:26 | 書評

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