Every Breath エヴリ ブレス

休日のラボは仕事がはかどります。
人が少なくて、電話もかかってこなくて、メールも少なくて落ち着いていて。
再々投稿のカバーレターを仕上げ(再レヴューが戻ってきたときは、一人の査読者に対して「さらにこーんなに逐一、あーだ、こーだ言うなんて、サイテー!とかなり頭に来てましたが、いざ、カバーレターを書くとなると、もう少し冷静に、「はい、はい、ごもっとも」と90%くらいは限りなく言うとおりにしましたが)、英文校正に送り、のびのびになっていた翻訳ものを2章分チェックをして出版社に提出し、出張中の書類の処理も終えて、結構満足感がありました。
こういうときに、自分の脳の中でドパミンだかセロトニンだかエンドルフィンだかを分泌できるということが、きっと仕事をするには良いのでしょうね。

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数日前に、NHKスペシャルだったかで動画サイト(You Tubeなど)の話題を取り上げていて、「お勧め」機能の是非について、秋元氏やら天野氏やらがいろいろ議論されていましたが、先日、Amasonからのメールで瀬名さんの新刊を勧められました。
たぶん、以前Amazonのサイトに書評を書き込んだために送られてきたのだと思います(さらに、もしかしたらAmazonで買ったのもあるかも)。
へーんだ、もう本人署名入り献本もらって読んじゃったもんね、とモニタに向かってつぶやきました。
とりあえず、そこまでパーソナルなことはAmazonのデータベースにもわからないでしょう。

ところで、学術書は問題ありませんが、本人のひととなりなどを知るようになると、小説の書評は書きにくくなりますね。
本の中に描かれた世界と、現実に交わされた会話が交錯し、あるいは、これは私も知っているあの人のエピソードなのでは?などと想像を巡らしてしまいます。

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『Every Breathエヴリ・ブレス』というのが本の題名。
息づかい、息、ブレスは本書のキーワードとなっていて、例えば「世界がずっと続くなら、息なんてしなくても生きていかれる?」などとヒロインが訊きます。
あるいは、「地球上の生き物の多くは、呼吸してエネルギーを得ている。呼吸する器官があったからこそ、声を発して、言葉を使うようになった。文明は呼吸によってもたらされた」というのは、喉頭癌で亡くなる方の言葉。
当たり前すぎて気にしていないけど、一息、ひといきに、いのちが込められているのですね。

私の印象では、ブレスの話よりも、きらきらした光のイメージの方が強かったです。
おそらく瀬名さんの原体験の中には、八月のまばゆい光があり(そういえば、確か、三島由紀夫の最初の記憶は、産湯を使った金盥の水に反射する光だったとか)、私は夜の月や星の白い輝きの方がしっくりくるのですが(そういえばちょうど、昨日あたりが満月)、いずれにせよ、人間ににとって「光」は特別な存在です。

たぶんいちばん大事なテーマは近未来に曖昧になるかもしれない「命」、あるいは「生き物」ということでしょう。
物語の途中で、主人公の息子が話す「生物の定義」についてのくだりは、まさにK先生と一緒の折になされた会話で、なるほど、こういう風に使われていくのかと実感。

以前の瀬名さんの『Brain Valleyブレイン・ヴァレー』という本では、発達した人工知能により空間的に繋がった世界がシンクロする様子が描かれていましたが、本作はセカンドライフのようなヴァーチャルな世界(本の中では「ブレス(あるいはBRT)」というソフトとして設定されています)を使って、時間の階層を繋げています。
自分の分身がそれぞれの階層に存在していて、ほっておけば自律的に「生きて」いるというのは不思議な感覚。
ブレスにアクセスするとまず「共鳴しますか?」と聞かれて、イエスをクリックすると、その時点のコンピュータ端末の中身がスキャンされて取り込まれ、分身に影響を与えるという設定は、さもありなんという気がしてきます。

それにしても、未来を描く小説家というのは度胸があると思います。
本当にその時が来たとき、描いたことがどれほど当たっていたのか、まあそんなことに意味はないのかもしれませんが。

そうそう、主人公を取り上げていませんでした。
杏子という、1970年くらいの生まれの女性と、その初恋の人、洋平なのだと思いますが、ラブストーリーとしては、100年近い、壮大な時間を扱っています。 瀬名さんの物語に出てくるヒロインも、多くの男性作家に類似して、かなり似た印象なのですが、一言で言えば、気持ち細目で、背筋か伸びていて、夏の昼下がりに白いワンピースを着ている髪の長い少女のイメージ。
大人になっても、そういう雰囲気を残した人。
私は嫌いじゃないですが。
今回は、素粒子物理学を修士まで専攻し、金融工学の世界でクオンツ(数理解析の専門家)として働いた後、大学に戻って教鞭を取るに至ったという設定です。
(どこの大学なのか書かれていないのですが、なんとなく「東北大かな」と思ってしまうのは身びいきかも)

男性の方は、不明な箇所も多いのですが、杏子とは小さいときの思い出を共有し、高校時代に「世界の果てを一緒に見にいく」というロマンチックな経験をともにしています。
「ブレス」の世界ではCGなどを提供して注目されるも、ふっつりと消息がわからなくなる、ということになっていて、その後、飛行機を自作している下りがありますが、杏子さんに比べると具体的な描写が少なくて。

至るところに曲名がちりばめられているのは、ラジオ番組としても放送配信されることなっているから。

それにしても瀬名さんの勉強熱心なこと。
盛り込まれているいろいろなエピソードは、もったいないくらいいろいろあり、もっと小分けにしても大丈夫なのではと思ってしまいます(すみません、余計なお世話で)。
脳から直接「通信」できるようになっていたり、「ナノ医療工学」によってアンチエイジング療法が可能になって100歳くらいまで皆生きるようになる世界が描かれています(>K先生、200歳は相当大変なことね)。

瀬名さんの小説をどんなジャンルに分類するのかは難しいでしょうね。
本書なら「サイエンス・ファンタジー」とでも言えばよいのかしらん。
きっと、普通の小説が好きな方からは「なんか理系っぽい」(だって、本当にそうなんですが)と敬遠されることもあるでしょうね。
科学者と一般の人の間に、本当は無数の人が散らばって存在しうるはずなのでしょうが、この世界は文学や絵画や音楽やスポーツと違って、そういう連続性に欠けていることが、かねがね残念に思っています。
そういう意味で、瀬名さんのような方は、中間に位置する貴重な方といえますね。

とにかく、読後感は爽やかでしたので、しばし非現実の、でももしかしたら本当に近未来の世界を楽しみたい方は是非!
by osumi1128 | 2008-03-23 00:01 | 書評

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