『生命から発想する』

ヨーロッパからの帰りは東向きではありますが、渡米する際の時差調整よりははるかにマシ。
でも、まだ朝起きるのが辛いです。
毎日早起きしている感覚で、なおかつ、夜中になると冴えてくるので、つい夜更かしになってしまいます。

金曜日は慶應大学医学部で朝1限目に「神経堤細胞の発生」についての講義。
本日はREDEEMの出張講義で「生物学」を90分2コマ。
音楽や演劇のように、同じパフォーマンスをしても感動してもらえる類のものではないとは思うのですが、それでもリピーターの方がいらっしゃるのは有り難いことだと力が入ります。

この授業を聞いて下さるのは主に工学系、情報系のエンジニア方なので、この4年の間に生徒さんからの影響をずいぶん受けたのだと実感します。
それまでは、医学部、歯学部の学部生や、生命科学系の大学院生を対象にした講義しかしたことがなかった訳ですが、かなり異なるバックグラウンドの方から受ける質問に、いろいろと考えさせられました。
「生物」の成り立ちをどんな風に捉えるか、工学的なデザインとの違いなどについても思いをはせるようになったことが、大きな変化です。

一方、一貫しているつもりなのは、「ヒトが多様な生物の1種であり、46億年の地球の歴史の中のごく最近に登場したものである」という意識です。
REDEEMの講義や実習を受けて、それを自身のお仕事に生かして頂く際に、頭の隅のどこかに置いていて欲しいと願っています。

日経新聞の連載コラムに「やさしい経済学ー21世紀と文明」というコーナーがあり、1ヶ月ほど前だったでしょうか、JT生命誌研究館館長の中村桂子先生が7回、執筆されていたことがありました。
そのタイトルは『生命から発想する』だったのですが、とても共鳴する考え方を述べていらっしゃいました。
連載1回目の「二つの自然の崩壊」から最後の2段落を抜粋します。

(前略)
 多様化した生きものは、それぞれの生き方をしており、ヒト(生物種としての人間)もその特徴を思う存分生かすことによって存続する方法を探ることが求められる。科学技術も経済も教育も、その方向で考えればよいのである。それには人々が「自分は生きものであり、自然の一部である」という実感をもつことである。それは「わきまえて生きる」という生き方につながり、”地球上のすべての人が、生きる喜びを感じながら暮らす生活を可能にしよう”という行動が始まるはずだ。
 それは利便性、欲望、金銭とは異なるところに価値を置く社会である。日本文化の基点は”自然を畏れ、自然と共に暮らす”ところにあるので、これは日本の原点を見直すことになるだけはなく、日本文化のよさを世界へ発信することにつながる。


コラムはその後、「グローバルの意味」「生きる力」「根本を農に」「統合医療への期待」「次の世代の育成」「人間を基本に」と続きました。
新聞はこういう素晴らしい記事を安価に載せて下さるのは有り難いのですが、それがweb上でアーカイブ化されないことが残念です。

と思って、念のため探しましたら人間学を学ぶブログ 「こころは超臨界」というサイトに、全文すべて掲載されていることを発見!
著作権の問題がどうなのか分かりませんが、有り難いことです。
by osumi1128 | 2008-04-27 01:42 | 雑感

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