ノート、取る?とらない?
2005年 06月 04日
K大学医学部のOさんはものすごい量のノートを取られる。
彼くらいの年になるとだんだん億劫になるのが見ていると一般的なのだが、未だに発表された情報を凄い勢いで書き込まれる。
以前Gordon Conferenceでご一緒したときは、「大隅さん、今のところちょっとノート取り損ねたので、見せてくれませんか?」と、まるで学部学生のような調子であったことをよく覚えている。
彼のように、神経系の基礎からトランスレーショナルなところまで広範にカバーする大きな研究室を主催されてると、確かに情報量が鍵になることだろう。
少しの情報ももらさず吸収したいという熱意には、本当に頭が下がる。
かたや神戸理研のMさんは特別講義にお呼びしたとき、のっけから「ノートは取らなくていいですからね」と言われた。
周りを見ていると確かにそういうタイプの方もおられる。
きっと、話を聞きながら頭の中で論理を構築されているのだろう。
私はというと前者のタイプ。
その理由は「手を動かして視覚化しないと頭に入らない」という神経回路になっているから。
私の記憶はかなり「画像」として記録されるような気がしていて、「テキスト記憶」よりもメモリを食って損だなあと思っている。
「2002年の、Developmentのあの論文」というときにも、その雑誌特有の印刷スタイルを記憶していることが手がかりとなっている。
あるいは学生の頃、試験の答を考えながら、「ノートのあのページの右上に確か書いてあった」と頭の中でページをめくってスキャンしていたことを思い出す。
捜し物なども、「部屋の、あの机の、あの辺りにあったはず・・・」ということを頭の中でカメラで見渡すような感じで考えるのだ。
さてこれから、再来週の細胞生物学会に発表する学生さんのポスター案をディスカッション。
その後また学会と、サテライトの「形態形成研究会@秋保温泉」に行ってきます。














