サイエンスライター渡辺政隆さん『一粒の柿の種』

有り難いことに、いろいろな本を恵贈して頂いて、それを読みこなすのでさえ時間がないこの頃です。
先日も「エンハンスメント」についてのシンポジウムの後、『脳神経倫理学の展望』(信原幸弘・原塑編著、勁草書房)をさっそくお贈り頂いて、ざっと目次やまえがき・あとがきに目を通したところですが、まだ中身まで到達していません(涙)。
でも、文系の(こういう言い方はよくないのですが)方の御本で、3ページ分の図(脳の部位等の絵)が載っているというのは、新鮮ですね。

で、つい、とっつきやすい本の方に手が伸びてしまって恐縮なのですが、岩波書店の編集部のSさんから本日のタイトルにした本をお送り頂きました。
著者は今年から科学技術振興機構(JST)に移られた渡辺政隆さんで、『科学』に連載されていたものをまとめた本です。
副題は『サイエンスコミュニケーションの広がり』となっています。

「書評をお願いします」という紙が挟まっていましたが、どこの新聞・雑誌からも「書いてくれ」とは言われていないので(笑)、とりあえず自分のブログをその媒体にしておきます(つまり、原稿料無しのボランティアです)。
ですので、まだ読みかけですし、未定稿のようなものですから、悪しからずご容赦あれ。
サイエンスライター渡辺政隆さん『一粒の柿の種』_d0028322_20394110.jpg
著者の渡辺さんは、これまで多数の著書・訳書をお持ちの方で、本ブログでも『眼の誕生ーカンブリア紀大進化の謎を解く』(アンドリュー・パーカー著、渡辺政隆、今西康子訳、草思社)『シマウマの縞 蝶の模様ーエボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源』(ショーン・B・キャロル著 渡辺政隆・経塚淳子訳 光文社)を取り上げさせて頂きました。
タイトルの中の「柿の種」は、寺田寅彦の短文集のタイトルに由来します。
巻頭には次のような文章が載っているそうです。
捨てた一粒の柿の種
生えるも生えぬも
甘いも渋いも
畑の土のよしあし

これを受けて、渡辺さんは第1章「寅彦がまいた種」の最後に、「科学の種をまくだけではだめで、種が育つ畑の手入れも怠ってはいけないということなのだろう。」と結んでいます。
寺田寅彦は夏目漱石と交流が深く、『三四郎』の野々宮さんや『吾輩は猫である』の寒月さんのモデルと言われていますね。
漱石の科学リテラシーを引き合いに出しつつ、渡辺さんは、文化的な営み全体の中での科学の立ち位置について思い、「サイエンスライター」として関わりたいと考えてらっしゃるのだと思います。

この「サイエンスライター」という肩書き・呼称が日本では浸透していないということについて、第4章「ポピュラーサイエンスの誕生」で触れられています。
この章では、一般向け科学書を多数書いたスティーブン・ジェイ・グールド(もちろん、進化生物学者でもある)の言葉を引用し、市民向けに科学を語った本のルーツは、かのガリレオ・ガリレイの『天文対話』(青木靖三訳、岩波文庫)だった、というエピソードを元に、科学がどのように庶民化したかについての議論が展開されます。
ちなみに、ダーウィンの『種の起源』が一般向けの本だったことは有名ですが、これがいわば「書き下ろし」であって、『種の起源』以前に専門書が書かれた訳ではないという点も、興味深い点かもしれません。

ここで渡辺さんは重要な指摘をします。
……したがって、ガリレオからダーウィンへと受け継がれた、一般読者に向かって科学を語る伝統を実効するのは、今や生やさしいことではない。……一般人向けに科学をやさしく説く作業は、一流の科学者が手を染めるような仕事ではない。一流半以下の科学者、あるいは引退した科学者にまかせておけばよいという風潮が、古今東西を問わず強く存在するからである。

事例として取り上げられるのは、天文学者のカール・セーガンです。
ちょうど1980年頃のテレビ番組『コスモス』に出演し、それを元にした書籍が「科学書としては過去最高の売り上げを記録した(ただしその記録はその後、スティーブン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る』(林一訳、早川書房)に抜かれた)」のだそうです。
セーガンは結局のところ米国科学アカデミーの会員には選ばれなかったのですが、それは「ジェラシーのせいさ!」というグールドの言葉を引いています。

さて、本章の展開はその後、日本における「遺伝子本」や「DNA本」の出版点数の分析へと移るのですが、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』(日高敏隆他訳、紀伊國屋書店)の出版や、クローン羊ドリーの報告・報道があったことによって、1990年代広範の一般書に、「遺伝子」や「DNA」が多数現れるようになったと書かれています。
「遺伝子・DNA」が市民権を得たことはポジティブなのでしょうが、どうも「遺伝子という言葉のイメージ」がネガティブなものになっていったのではと渡辺さんは指摘しています。
「遺伝子決定論」や「遺伝子還元論」のような使われ方や、「遺伝子VS環境」にみられような扱われ方ですね。

サイエンスライター渡辺政隆さん『一粒の柿の種』_d0028322_2034127.jpg
その後、日本で出版された『柔らかな遺伝子』(マッド・リドレー著、中村桂子・斉藤隆央訳、紀伊國屋書店)では「遺伝子は神でも運命でも設計図でもなく、時々刻々と環境から情報を引き出し、しなやかに自己改造していく装置だった-。ゲノム解読から見えてきた新しい遺伝子観・人間観を解き明かす。(MARCデータベースより)」というイメージを伝えようとしています。

同様のことは私自身が翻訳した『心を生みだす遺伝子』(ゲアリー・マーカス著、岩波書店)でも「遺伝子の役目は生まれたときに終わるのではなく人間が生涯にわたって経験から学ぶことができるのも遺伝子のおかげなのだ。気鋭の発達心理学者が遺伝子の実際の働きを明快に語り「生まれと育ち」の真の関係を鮮やかに描き出す。(MARCデータベースより)」としているのですが、どうも伝わっていないような気がしますね。

そんな訳で、次は翻訳本ではなく、自分自身の言葉で「遺伝子」について語りたいと思っている次第です。
「一般読者に向かって科学を語る伝統」を私は受け継ぎたいと思います。

おっと、書評のつもりが、私自身の「サイエンスライター宣言」のような風になってしまいました(笑)。
本書は縦書きですが図表も多く、また、各章の扉には美しいイラストが描かれているのも好印象!
これで1800円とはお得です(笑)。
科学についての本を読んでみたい方にも、科学コミュニケーションに興味のある方にもお勧めします!!!

*****
そうそう、本日の日経新聞で、東北大学農学部卒の遠藤章先生(東京農工大学名誉教授)がラスカー賞を受賞と知りました。関連記事は例えばこちらです。
おめでとうございます!
by osumi1128 | 2008-09-15 20:48 | 書評

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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