クールビズ

今朝の仙台は霧雨が降ったり止んだり。
丁度日曜日の夜に岡崎まで出張というついでがあって、久しぶりにお茶のお稽古に向かう。

6月になったとたんテレビの国会中継の風景が何か違うと思っていたら、ダークスーツの暗い雰囲気から、ジャケットを脱いでネクタイも外して(たいてい)白っぽいワイシャツの人たちばかりになったためであることに気が付いた(議論の中身はさほど変わらない)。
曰く「クールビズ」である。
羽田元首相の時代から「省エネルック」は提唱されたが、半袖ジャケットは「きちんと感」にかけると大方のビジネスマン(&ウーマン)は判断し、まったく定着しなかったが、今回は小池環境大臣の一言が効いたのか、国会をはじめとし、官公庁、大学事務も一気に「クールビズ」している。
ラボの中は昔から楽なファッションが当たり前だったので、まったく変化はないのだが、外の会議の冒頭で事務方が「省エネルギーのために、上着の着用などを控えさせて頂いております。」とわざわざ「言い訳」されるのが日本的。
それにしても、普通のスーツの状態からただジャケットを脱いでネクタイを外しただけ、というのは、ある意味本人の品格がよく顕れるようだ。
逆に言うと、衣服は中身をカモフラージュできるということ。
週刊文春のグラビアにたくさんの事例が載っているので、興味のある方は是非ご覧あれ。
ちなみに、羽田元首相に「省エネルック2005」と題した半袖半ズボンを着せてステッキを持たせた写真というのも、なかなかシュール。

たぶん多くの日本人は「制服好き」なのだと思う(このブログを読まれる方は誤解することはないと思うが、コスプレという意味ではない)。
皆と一緒の格好をしていることで安心し、連帯感を持てる。
確かにサッカーの応援なら、全く見も知らない、たまたま座席が隣り合った人でも、同じチームのユニフォームを着ていれば、一気に応援のテンションも上がるだろう。
でも、職場ではそれぞれ「働きやすい格好」をすればよいだろうし、同じ室温でも体感温度は人によって異なる。
皆が普通のオフィスでは皆が同じ格好をしていることに必然性はない。
(ちなみに、うちのラボでは、春先にすでにタンクトップの学生と長袖セーターのスタッフが同時にいたりするのだが)

「同じ格好」で思い浮かぶのは「リクルート・スーツ」である。
こちらは年齢もほぼ同じであるため、一層の統一感!?がある。
グレーもしくは黒のスーツで、決まって白いシャツで、同じように肩からかける書類鞄を持って夏の炎天下を歩いている若い女性を見ると、ああ、気の毒だなあと思う。
あるいは、ついこの間までジーンズをズリ下げて穿いてました、という茶髪のニイちゃんが着るスーツは、本当に借りてきた服のようだ。
皆と同じ格好をするよりも、自分の長所を生かしたファッションにした方が、就職活動には有利なのではないかと私は思うのだが、採用する側からは同じスタイルで来てもらった方が、より中身の違いが際だって、選択するのに便利なのかもしれない。

さて、東京駅で新幹線を降りると冷房で仙台の気温より涼しいくらい。
地下鉄の駅もしかり。
せっかく全国的にクールビズ・モードなのだから、本気で省エネルギーしませんか?
by osumi1128 | 2005-06-11 21:36

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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