手の表情〜『手の美術史』読後感

数年前から毎年、慶應大学医学部のMCBIIという講義の1コマを担当しています。
メディカル系の基礎科目では、「発生学」は「解剖学」の中で扱われるのが伝統的なのですが、慶應さんのこの講義シリーズは、細胞生物学、分子生物学と発生生物学を合わせたような講義になっていて、まさに、日本の再生医療のメッカの一つである医学部に相応しいカリキュラム構成です。
しかも講師陣がゴージャスで(あ、私は別として……ですが)、それぞれの分野での専門家を揃えています。
ワタシだって聴きたいくらい。
大学院生やポスドクさん達も聴きに来て、教室はいつも満杯。
今日は、途中でこちらからの質問を入れたりしたので、ちょっと時間が押して、最後にたくさん質問を受けることはできませんでしたが、大学院生の質問を学部生が聞く、というのも良い勉強だと思います。

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手の表情〜『手の美術史』読後感_d0028322_0424656.jpg
愛読している「フクヘン。」さんのブログで紹介されていた『手の美術史』(森村泰昌著)をどうしても読みたくて、アマゾンで注文しておいたものが出張前に届いていたのですが取り込んでいて、先ほどやっと開くことができました。

中学の美術の先生は、今から思うと、ずいぶんといろいろな基礎を教えて下さったのだと気付くのですが、確か1年か2年生くらいのときに「手のデッサン」をしました。
自分の手にポーズを付けて、それを2Bくらいの鉛筆でスケッチブックに素描したのでした。
決して上手く描けたとは思えないのですが、描くことは楽しい、と思った記憶があります。
学部生の頃「組織学実習」でやらされた組織標本のスケッチは、どうやっても観たものの美しさを表現することができず、大いに挫折感を抱いたものですが、三次元的なものの輪郭などを捉えるのは、また異なる脳活動なのかもしれません。

森村泰昌というアーティストは、いわば「古今の名画のなりきりフォト」という作風で独自の世界を展開していて、例えばフェルメールなどがこんな風に扱われたりします。
「なりきり」といっても模倣ではない訳で、そのズレ感が現代的です。

本の中で取り上げられた「手」たちは実にさまざまな表情をしていて、本当に面白かったですね。
見てすぐ「あ、あれだ」と分かる絵も多いですが、分からなかったものは最後に「解答集」のように全体が載せられていて、ミステリー好きの心をくすぐったりもします(笑)。

それにしても手だけ見て「あ、あれだ」と分かる脳機能というのも、本当に面白い。
確かハトにピカソとルノワールの絵を見分けさせる、という実験があったと思うのですが、その場合に、絵をかなり細かく分割してランダムに再構築しても分かるらしく、ヒトの認知とは異なるのではないか、というような考察がなされていました。
でも、手という部分だけ見ても、「これはあの画家の作風だ」とか、「あのポーズから切り取られている」と気付くのですから、案外ヒトも、部分毎に画像記憶がストックされていたりするのかもしれませんね……。

数学科のK先生がお好きなカラバッジョ満載。
フェルメールは3点入っていて、もう一人気になるジョルジュ・ド・ラ・トゥールも3点ほどあったのですが、非常に気になる「ダイヤのエースを持つイカサマ師」が無かったのが残念。
この手の表情も面白いと思うのですが。
ちなみにカラバッジョのいかさま師より、こっちの方がもっとイカサマ師っぽいです(だからどう、ということはないのですが……笑)。
by osumi1128 | 2009-04-29 00:54 | 雑感

大隅典子の個人ブログです。所属する組織の意見を代表するものではありません。


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